台湾基隆市になぜ岡山県人が住んでいるのか?

私は岡山県倉敷市出身で、2007年3月に岡山を離れ台湾の北東にある港町、基隆市に住んでいます。 台湾でのサラリーマン生活で感じた個人的な感想をブログで書かせていただいています。

Tag:KANO

年間100本以上抗日ドラマが制作される中国
日本と中国の関係がかなり悪化しています。その影響か中国では年間で100本以上の反日抗日ドラマが製作されているようです。

僕が南京に滞在していた1995年はちょうど終戦50周年ということで南京大虐殺をテーマにした映画が製作され中国全土で放映されました(確か「南京1937」という映画だったと思われます)。

おりしも南京在住の知り合いの日本人が数名素人ながらも日本人将校役で出演されたと聞いています。

そして70週年になる2015年にはまた大きな反日抗日ドラマを製作するようです。さらには日本の有名な俳優も多数参加するとのこと。


この記事を読む限り萩原流行は、「政治抜きでもこのドラマに出たいと主張。結局事務所を離れることになった」(芸能関係者)、「萩原の役者魂が、ドラマの話を聞いて燃え上がってしまい、この仕事を受けたのだ」(関係者)そうです。

しかし出所が東スポwebということもあり、どこまで真実かは定かではありません。

台湾映画「KANO」と永瀬正敏
この抗日ドラマと比較すると、台湾で今年上映され大きな話題をさらった「KANO」は非常に対照的です。
 
日本でも2014年秋に上映予定の台湾映画「KANO」
植民地時代の台湾を舞台にしたこの映画も同じく戦前がテーマですが、当時の日本・日本人の描き方が正反対です。日本礼讃とまではいきませんが、かなり好意的に描かれている印象を受けます。

ちなみにこの映画にも多くの日本人俳優が参加し、映画ではほとんど日本語が使われていました。

この映画で主演した「永瀬正敏」と同映画の出会いは、

『馬志翔(マー・ジーシャン)監督の「永瀬氏以外は考えられない!」という熱烈なラブコールがきっかけ。馬監督は近藤監督のイメージと、永瀬の個性を重ね合わせていたという。

ここだけ読むと萩原流行の場合も、

『中国から萩原へオファーがあったのは「悪役顔で、残虐な日本人役にはぴったり」(同関係者)という理由から。』(東スポwebの記事より抜粋)

とあるので、出演の経緯は大雑把に言うと同じようなものです。

筆者の心配 萩原流行の将来
持病が再発しなければよいが・・・
この東スポwebの記事を読むと「政治抜きで」もこの反日ドラマに出演したいそうですが、果たして今後日本の芸能界に復帰できるのでしょうか?このまま中国の芸能界に入られるおつもりでしょうか?

残虐な日本人役にはぴったりの悪役顔でずっと中国の芸能界で生きていかれるなら、年間で100本以上の反日抗日ドラマが製作されている現在の中国では引く手あまたでしょう。

しかし時勢に影響されるこの手の映画で余生をすごすには61歳の年齢(1953年4月8日生)を考えるとかなり危険かと思われます。下手をすると日本の畳の上で死ねないかもしれません。

別に政治的な意図はないとのご自身の認識と、世間的な目に大きなギャップができて、持病が再発するのではないかと、同じ持病を持つ筆者は大変心配しております。

「KANO」続編にも是非出演を 
そんな萩原流行様を心配している筆者としては、「KANO」続編にも是非出演をお願いしたいところです。

果たしてKANOに続編があるのか?
果たしてKANOに続編があるのかどうか・・
親日的気分満載の「KANO」にも出演することで、反日抗日ドラマに出演したことについて政治的な意図など全くないことを証明するわけです。

役柄的に永瀬正敏が演じた嘉義農林野球部の鬼監督近藤兵太郎の役を奪い取るにはいささかオーバースペック気味なので、戦況が悪化して出没する居丈高な日本兵、高慢な嘉義の役場関係者、警察関係者とかはいかがでしょう。

「ストライクとはなんだ!敵性語を使うな、「良し」と言え」とかいったセリフを吐いてほしいものです。

ただ世間的に節操がないという批判は受けかねませんが、そこは中華圏で活躍する国際的俳優になりたいということで押し通せばなんとか理屈はつきます。

さて問題は「KANO」に続編があるか・・・ということですが、そこは末永くご活躍を願う萩原流行様のファン、または萩原流行様に金銭的な価値を見出すスポンサー様、なによりも圧倒的な「KANO」ファンの続編を望む声があれば、そういうことも「KANO」(可能)だと思うのですが・・・。

2回目の台湾旅行のお供に


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昔台湾の学校が甲子園に出場していた
日本ではもう春の選抜高校野球が始まりました。

台湾では1920年代に海外から甲子園を目指した球児を描く映画「KANO」が大きい話題を呼んでいます。

僕も基隆の映画館に見に行ってきました。

その内容について感じたことを3つのポイントにまとめてみました。

1.昔の台湾はこんなに日本チックだったのか
当時は昭和初期で、日本の植民地時代の台湾中南部にある嘉義が舞台です。映画では他のドキュメンタリー映画で見たような当時の町並みが見事に再現されています。

今の台湾のごちゃごちゃした町並みより、当時の方がかなりすっきりしていたんだなと感じます。
 
日本を意識した映画だからなのか、街中に着物をきた人が多く見られます。観光地以外ほとんど日本人らしき人影を見ない基隆にいる僕にはにわかに信じられない光景です。

この映画はなんと9割以上が日本語で話され、字幕を見なくても安心してみることができまず。

ただ私のいた映画館の99%が台湾人のはずなので、彼らがどう感じたのか少し興味津々です。

2.台湾版「スクールウォーズ」ばりの熱血野球ストーリー
あらすじを簡単に言うと要は弱小野球チームが熱血監督の指導の下、甲子園にいくというストーリー。

映画をみて思い出したのが弱小高校ラグビー部が花園を目指す「スクールウォーズ」(1984-85テレビ放映)。

しかし今から約90年前の台湾には、学校の廊下をバイクで走る不良や体の弱いイソップはまだ存在しないようです。

小さいながらも恋愛や他校との喧嘩沙汰もありますが、「スクールウォーズ」と違いひたすら練習と試合がメインで描かれていました。

グランドに入る前は一礼しろとかいった日本ならではの「精神野球」もしっかり描かれていました。

3.日本植民地時代を美化?
台湾では公開より10日足らずで興行収入1億2000万台湾ドル(約4億1000万円)を突破というくらい大盛況です。

その反面、内容が日本の植民地時代を美化しすぎではないかとの批判もあります。

映画では野球とは関係ないのに、台南に烏山頭ダムを作った技師八田與一の偉業が同時に描かれています。

また一部台湾人を蔑視する日本人も登場はしますが、中国の反日映画のように露骨に現地の人をいじめる日本人は出てきません。

ただ台湾統治時代のことについてあまり予備知識をもたずこの映画をみると、日本は台湾人に野球を教えたり、ダム作ったりいいことばかりしてたのだ、なんて誤解を招く恐れがあるように感じました。

まあ今の日本のご時世・国際環境を考えると、2015年日本公開後、みんなひさびさに自国の歴史に少しでも自信を持つことができるのではないでしょうか?

140字以内でまとめたKANOの感想
最近、我が故郷岡山県にいる先輩から「台湾で話題の映画「KANO」ってどんな感じ?」というメッセージが来ました。

上映時間3時間と非常に長い映画の内容を、くどくどいうのもどうかと思うので、できるだけイメージがわくよう、それでいてツイッターで伝えられるくらいの文字数で映画の感想を以下のようにまとめてみました。

日本植民地時代の台湾嘉義を舞台にした、日本人が過去のノスタルジーに浸れるスポーツ根性の野球映画。映画ではほとんど日本語なので言語的には問題ありませんが、野球を知らないと少しわからないかも。上映前に必ずトイレにいっとかないと後半いいところが落ち着いてみれない恐れがあるので要注意。(以上139字)

台湾に来る予定がある方は、日本公開をまたず今のうちに台湾でみてはいかがでしょうか?

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